両親を守るために盾役になっていた私

田舎の本家に生まれた私は、祖父母たちと両親と同じ敷地内に住んでいました。
長男が全て、跡取りが全ての古い考えの祖父母たちと、自由に今どきを生きたい両親たちの間には、大きな溝がありました。
祖父母の頑固さというか、信念を生きる強さはものすごく、どんなに反発したところで軽く受け流され、なかったことのように扱われる。
そのため、両親は祖父母とあまり関わりを持とうとせず、両親と子供の私たちとの生活をしていたのですが、同じ敷地内ということもあって、子供の私は板挟みになるしかありませんでした。
両親が仕事で留守の間は、祖父母を頼るしかなく、そこで厳重な跡取り教育を受け、両親が帰って来れば自由に好きに生きていいと言われる。
私自身は、両親の自由な生き方が今でも好きですし、それを教えてくれたことに感謝していますが、子供の私には両方のパターンが埋め込まれ、人生を混乱させました。

幼少期、私は両親も大好きだったけど、祖父母も大好きで、幸いにも大きな喧嘩をすることはほとんどなかったけど、それぞれ文句をいったり、一方的に意見を押し付けたりしてて、まさに「水と油」混ざり合うことなんてなく、なんで仲良くなってくれないんだろう。
お互いに「ごめんね!」っていって、許すだけで仲良くなれるのに!と思っていました。
滅多に声を張り上げて祖父母と両親が喧嘩をすることはなかったのですが、一度だけ私が原因で大喧嘩が起きたことを今でも覚えています。
それが、小さな私にとってものすごい罪悪感と、私のせいでこのまま家族が崩壊してしまうんじゃないかという恐れを抱かせました。
この出来事が起きてから、私は大好きな両親と祖父母に喧嘩してもらいたくなく、私が祖父母の要望を叶えれば、私が我慢をすれば、私が頑張れば、私がやれば、私が聞き入れれば、大好きな人たちを守れる!という思いがさらに強まっていきました。
だから、私が自由や自分の人生を捨てて、祖父母の望む結婚をして家を守っていけば両親を守ることができる!と。
嫌々ながらも、祖父母の古臭い跡取り教育に同意していた幼少期があります。
両親の変わりに率先して、祖父母と関わったり、守ったり、子供ながらに必死に親の盾になることをやっていたように思います。
そうすれば、両親が祖父母から攻められることがなくなり、両親から祖父母の悪口を聞かなくてすんだから。
なによりも、両親と祖父母の衝突を避けたかったし、私が我慢をすれば家族全員が仲良くなってくれると思ったからです。
もちろん、両親が指示したことでもないし、望んでいたことでもなかったのですが、私なりにこの家で生きるために必死だったんだと思います。

これが私の祖父母から両親を守るための自己犠牲パターンの始まりだったのですが、サイキックスポンジ体質を含み、私の人生のあらゆるところに反映していました。
平和を保つため、トラブルを避けるため、誰かから気に入られたいため、好きになってもらうため、仲良くしてもらうため、結果を出すため、仕事をもらうため、お金を得るため、生きるためのあらゆるところで、自分を犠牲にするパターンを使っていたんです!
いつも自分ばっかり損するのも、いいところで結果を譲ってしまうのも、みんなが嫌なら私がやるよと引き受けるのも、自分が傷つくのをわかっていても、いろんなところで自分を犠牲にした生き方で自分を苦しめていました。
なにをやっても生きるのが嫌になる、何かやるたびに嫌になる人生で、人生が楽しいなんて思ったことすらなかったんです。
それが、まさか幼少期から当たり前にやっていたパターンが原因だったとは!?
これに気がつくのにとても長い時間がかかりました。
本気でサイキックスポンジ体質を治す!と決めてから、ようやくこのパターンが見えてきて、頭で理解できても、私のインナーチャイルドはなかなか手放せませんでした。
インナーチャイルドにとって、自分を犠牲にして両親を守ったり、自分を犠牲にして両親のために存在していることが、両親から愛されることだと思い込んでいたからです。
それをやめてしまったらもう愛されないんじゃないか、これだけが私が愛されることだから。
幼少期から、自分を犠牲にすることで、ものごとを上手くやっていくスキルを身につけていたので、そのやり方しか知らない自分もいました。
自分を犠牲にしない方法がわからなかったんです。
確かにものごとは上手くいくのですが、自分を犠牲にしているのでどんどん自分だけボロボロになっていき、周囲はどんどん良くなっていく。
最初はそれでよくても、ボロボロの自分が叫ぶんです。
なんでみんなばっかりいい思いをしているのに、私だけなにも手にできずボロボロになっていくの!?
こんなのやってて意味あるの!?価値あるの!?
心はどんどん虚しさに包まれ、やる気をなくしてしまいます。
ボロボロのボロボロのボロボロくらいになって、ようやく自己犠牲的な生き方は自分を傷つけボロボロにするだけだと受け入れることができ、1つずつ1つずつ癒すことを始められるようになっていきました。

今でも両親を守ってあげたい!妹たちのために!ってついついお節介になってしまう私もいますが、グッと我慢をし、私がやらなくても大丈夫!と家族の力を信じるようにしています。
それは、友達やあらゆる人間関係でも同じです。
家族を守るための盾役をやってきた人の多くは、盾にならざるを得なかったのですが、なにか起こりそうになると自ら進んで盾になる人が多く、それが自己犠牲に繋がっています。
また、自己価値や愛を得るために、あらゆるところに盾になりにいってしまう。
盾になることで役に立つ=価値がある、褒められる、愛される、守れる、生きていけるというパターンを持っているからです。
このような歪んだパターンを発見し、1つ1つ変えていくことで盾役(自己犠牲)をやめることができるようになっていきます。

私は、両親と祖父母の間に入る盾役として自己犠牲が始まりましたが、喧嘩の多い両親、不仲、離婚などが原因で大好きな親や兄妹たちを守るために盾役になる子供がいます。
夫婦間に問題がなさそうであっても、昭和あたりは男性優位が強く、女性が自分を犠牲にして家族のために生きていますので、それをみて育った子供たちも、同じように自己犠牲的に生きるようになっている可能性があります。
環境によって違いはあるかと思いますが、あなたがもし、まだ辛い生き方を続けているのなら、自分を癒しながら少しずつ生き方を変えていくことを選択すれば抜け出すことができることを知っていて欲しいです。

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